「SL600」なら6.0リッター、「330i」なら3.0リッターというように、かつてのメルセデス・ベンツやBMWは、車名の数字がそのままエンジン排気量を示していた。その様相が変わってきたのは、燃費向上とCO2排出量低減のために排出量のダウンサイジングが行われるようになった、2000年代に入ったころのこと。
たとえば、メルセデス・ベンツ「SL600」は5.5リッターターボになり、3.0リッターターボを搭載するBMW「3シリーズ」は「335i」と名乗るようになった。
いずれも、「パフォーマンスは落としていないよ」というメッセージを込めたネーミングで、モーターによる強大なパワーを得た今では、「C63」ですら排出量は2.0リッターである。
メルセデスAMG C63 S Eパフォーマンス
「メルセデスAMG C63 S Eパフォーマンス」と名付けられた現代の「C63」は、2.0リッターに電動ターボチャージャー、さらに駆動用電気モーター+大容量バッテリーを搭載したプラグインハイブリッド(PHEV)で、システム最高出力は680PSにも達する。
そのパフォーマンスたるや想像を絶するものであるが、今も純粋な内燃機関(エンジンではなくあえてそう呼びたい)のフィーリングに楽しさや官能性を見出す人は少なくないだろう。
さらにいえば、ターボチャージャーやスーパーチャージャーといった過給器のない、自然吸気エンジンにこだわりたい人もいるはずだ。特に、もう生まれることのないであろう“大排気量”に――。
V8 6.2リッター「M156型」という名機
先に「C63」の名前を出したが、この車名が登場した当初、搭載されるエンジンは6.2リッターと限りなく車名に近い排気量の自然吸気V8エンジンであった。
M156型と呼ばれたこのエンジンは、まず「Eクラス(W211/S211)」に搭載され「E63 AMG」として2006年に量産車デビュー。
メルセデス・ベンツ E63 AMG
最高出力386kW (525PS) / 6,800rpm、最大トルク630Nm/ 5,200rpmというハイパワーを自然吸気で実現し、それまでの5.5リッタースーパーチャージャーを搭載した「E55 AMG」とは異なる魅力を放った。もちろん、エンジンそのものは、AMGのマイスターによる“手組み”である。
そして、チューニングを変えつつ他モデルへも展開。「C63 AMG」「CLK63 AMG」「CLS63 AMG」「S63 AMG」「SL63 AMG」「CL63 AMG」「ML63 AMG」「R63 AMG」と、メルセデス・ベンツのほとんどのモデルに搭載され、”ロクサンワールド”を形成した。
「C63 AMG」では、最高出力336kW(457ps)/6800rpm、最大トルク=600Nm(61.2kgm)/5000rpmとデチューンされたが、搭載されるボディはコンパクトな「Cクラス(W204/S204)」である。パフォーマンスが圧倒的であることに、疑いの余地はないだろう。
メルセデス・ベンツ C63 AMG ワゴン
また、マイナーチェンジ等のタイミングでトランスミッションをトルクコンバーター式から湿式多板クラッチ式の「AMGスピードシフトMCT」へと(一部モデルを除いて)アップデートし、さらにダイレクト感のあるスポーティな走りに進化させている。
そんなエンジンをラグジュアリーサルーンの「Sクラス」はもちろん、SUVの「MLクラス」や7人乗りワゴンの「Rクラス」にまで設定したのだからおもしろい。なにせ一基一基を手組みで作るエンジン、しかも「SLS AMG GT3」に搭載されレースでも活躍したエンジンなのである。
メルセデス・ベンツ ML63 AMG
ハイパワー化するだけなら、わざわざAMG謹製エンジンを載せる必要はない。それでも、MLクラスやRクラスにまで搭載したのは、(ビジネスチャンスとして捉えたことは当然として)AMGにしか出せない“艶け”をもたらしたかったのだろう。
ダウンサイジング時代に抗った最後のエンジン
しかし、時代はダウンサイジングである。いくら高効率を図ったところで、6リッターを超える大排気量エンジンの少燃費化に限界があることは明白だ。
2006年のM156型エンジン登場から4年後の2010年に、新しいM157型エンジンが後継として誕生することになる。
高性能を物語る320km/hスケールのメーター
型式上はM156からM157へと大きな変化がないように思えるが、排気量5.5リッターの直噴ツインターボへと時代の流れに沿う形となり、「Sクラス」とその2ドアクーペ版である「CLクラス」から徐々に置き換わっていった。さらに、その次の世代となるM177型では、排気量を4.0リッターにまでダウンサイジングしている。
大排気量時代の最後を飾るエンジンに……と当時のメルセデス・ベンツが思っていたかどうかは知らないが、2010年後に生産されたM156型エンジンは、結果的に自然吸気のフィーリングを感じられる最後の大排気量エンジンになったのである。
フロントフェンダーにつく「6.3」のエンブレム
もちろん、ダウンサイジングされたターボエンジンが悪いわけでは決してない。過給エンジンならではの猛烈なトルクは、パフォーマンス面のみならず日常域での使い勝手や燃費も向上させている。それでいて、モデルによっては600psを超える大出力も実現した。時代に合わせた全方位的な進化を遂げたのである。
でも、だからこそ過給器を持たない、文字通りの“ロクサンエンジン”に今、乗りたいのだ。自然吸気エンジンならではの繊細な鼓動を感じて走りたいのである。
5年後10年後を考えてみると……
生産終了からの年月を考えても、今はロクサンが手に入れやすいタイミングだ。まだまだコンディションの良い個体は多いし、部品探しに苦労することもそれほどないだろう。ヴィンテージカーとしての価値はまだないから、価格的にも手が出しやすい。
高額にならざるを得ないガソリン代や自動車税だけはどうにもならないが、この先もう新たに作られることはないであろう大排気量・自然吸気の希少性を考えれば納得できる。
メルセデス・ベンツ S63 AMG ロング
新車時には「C63 AMG」でも1000万円、「S63 AMG ロング」や「SL63 AMGでは2000万円を超えていた価格は、今や数分の一。ある程度の維持費はかかっても、“有り”な選択ではないだろうか。
ただし、そのパフォーマンスを享受できる瞬間はごくわずか。日本の公道では皆無といってもいいかもしれない。日常では自制心を保ち、サーキットで思う存分アクセルを踏む(たとえSクラスであっても)。そんな大人な使い方が求められるのも、またハイパフォーマンスモデルである。
それでも、5年後10年後こんな大排気量車に乗れるだろうか……と思うと、ロクサンエンジンを積むAMGが今、魅力的に思えてならない。
写真:Mercedes-Benz